http://minkara.carview.co.jp/car/toyota/prius/より |
人は様々なものに期待をしながら生きている。
もっと言うと多かれ少なかれ、自分に特に関係のないような事柄にまで期待を振りまいている状態なのである。
特に意味はないのだが、佐々木俊尚さんのTwitterでの記事が発端で少し気になって読んでみて感じたこと。
プリウスの運転マナーが悪いと嘆く人々とその理由
これは良くまとまっている。
はっきり言って40万キロ走らないと元が取れないプリウスを「エコカー補助金でお得」というだけで買う人達は情弱であると言わざるを得ない。
しかし、「プリウス 危険」とかでググると山程出てくる記事も他の車種ではそこまで出て来ない。ダントツの一位なのである。
情弱で危険...これはフラグが立つのも無理は無い気もする。
上記のNeverまとめで大体そういう人達の傾向を知ることが出来るが、読みながら少し疑問が湧いた。
それは何故、今までの大衆車では当てはまらなかったのか?ということだ。
どこが今までと違うのか。
これらの記事は見る側...つまり評論する側の視点に視線が向けられていない。
結論から言うと僕はプリウスに対する期待と裏切りが原因であると思う。
『オーナーのプリウスに対する期待』
- 燃費が良いで家計に優しい。
- ECOだから環境に優しい。
- それに乗ってる俺はなんかカッコいい。(程度によるが。)
一方で、
『プリウスのオーナーに対する期待』は、
- 燃費が良い車に乗っていてちょっと羨ましい。(程度によるが)
- ECOな車に乗って環境を気にしているような気がする。
- 燃費が良い安全運転をするような気がする。
これが裏切りに転じる(期待通りにいかない)と批判が発生する気がするのだ。
そして、
『燃費が良い車に乗ってる癖に危険運転するとかECOカー乗ってる意味ねーだろ。そもそもこんな奴らの為にエコカー補助金まで出す意味って一体何のメリットがあるんだ?馬鹿馬鹿しいにも程がある。』
となってしまうのだ。
つまりプリウスに対する特別な車であるという淡い期待がオーナーにまで「こうあるべき」と拡大していくのである。
本来は色々な人が乗るから大衆車って言うんだから無駄な期待はなるべくしない方が精神衛生上よろしい。
最後に、これらから導き出される結論は、「ただちに補助金やめよ。」である。